退職所得課税の厳格化 iDeCoの受取時期に注意
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はじめに
令和7年度の税制改正大綱が発表され、退職所得に関する課税ルールが大きく変更されました。この点、制度改正前後で影響を受ける場合のポイントがわかりづらいため、具体例を用いて解説します。
改正のポイント
今回の税制改正では、個人型確定拠出年金(iDeCo)などの拠出限度額の引き上げがされる一方で、退職手当(iDeCo等老齢一時金の受取含む、以下同じ)の受取時期に関する課税ルールが厳格化されました。
従来、退職手当受取年の前年以前4年以内にiDeCoなどの老齢一時金(退職所得)を受け取っている場合、その加入期間と退職金の勤続期間が重複する期間に相当する退職所得控除額を今回支給する退職所得控除の計算から除外していましたが、令和8年度より、退職手当受取年の前年以前9年以内にiDeCoなどの老齢一時金(退職所得)を受け取っている場合に変更されました。
退職所得課税の基本的な考え方と具体例による説明
退職所得課税の基本的な考え方
退職金は恩給的な意味を持ち、長年の勤労に対する報酬としての性格を持つため、退職後の生活の原資となるものです。
そのため下記の算式のとおり、退職所得は勤続年数が長いほど退職所得控除額が大きくなることなどの税優遇があります。
[退職所得の計算式](退職手当受取額 ▲ 退職所得控除額)*1/2 = 退職所得の額
※勤続年数20年以下の場合:40万円*勤続年数
※勤続年数20年超の場合:800万円+70万円*勤続年数
ケース①:iDeCo加入なし、退職時に一括して退職金を受領するケース
長年会社に勤めあげ、退職時に一括して退職金を受領したシンプルなケースで考えてみましょう。
具体例:22歳から65歳まで同一の会社に勤め(勤続年数43年)、65歳の退職時に一括して退職金4,000万円を受け取る。
図にすると以下のとおりです。

- 退職金に対する退職所得控除額= 800万円 +70万円 *(勤続年数43年 - 20年) = 2,410 万円
- 退職所得(退職金):(退職金4,000万円 - 退職所得控除額2,410万円)*1/2 = 795万円
仮に退職金を4,000万円受領しても、所得計算上は795万円((退職金4,000万円 - 退職所得控除額2,410万円)*1/2)の所得となります。仮に給与として4,000万円を受領した場合の所得(概算)は、約3,627万円(給与収入4,000万円 - 給与所得控除195万円 - 社会保険料178万円)となり、退職所得にかなりの節税メリットがあることがわかります。
ケース②:iDeCoを60歳で受領し退職時に一括して退職金を受領する
続けて上記のケースで退職金に加えて、iDeCoを受領するケースを考えてみます。このケースでは、iDeCo受取時に使用するiDeCo加入期間と、退職金受取時に使用する勤続年数で重複期間があります。
具体例:
・22歳から65歳まで同一の会社に勤め(勤続年数43年)、65歳の退職時に一括して退職金4,000万円を受け取る。
・40歳の時にiDeCoに加入し、60歳の時点で一時金500万円を一括で受け取る。
上記のケースでは、iDeCoと勤務期間に重複期間があり、図にすると以下のとおりです。

このケースの場合、退職手当受取年の前年から5年前にiDeCoなどの老齢一時金(退職所得)を受け取っている場合に該当するため、従来基準では重複期間を考慮する必要はありませんでしたが、改正後は重複期間に相当する退職所得控除額を支給する退職金の退職所得控除額から減額する必要があります。
従来基準と改正後の退職所得を比較すると以下のとおりです。
項目 | 従来基準 | 改正後 |
---|---|---|
退職控除額控除額(iDeCo) | 800万円(拠出年数20年) | 800万円(拠出年数20年) |
退職所得(iDeCo) | 所得0(受取額500万円 < 800万円) | 所得0(受取額500万円 < 800万円) |
重複期間の判定 | なし(iDeCo受取~退職までの期間が4年を超えるため) | あり(iDeCo受取~退職までの期間が9年を超えないため) |
重複期間 | なし | 一時金受取額500万円 / 年あたりの退職所得控除40万円 = 12年(切下) |
重複期間を除いた勤続年数 | 43年 | 31年 (43年 - 12年) |
退職所得控除額(退職金) | 800万円 +70万円 *(勤続年数43年 - 20年) = 2,410 万円 | 800万円 +70万円 *(31年 - 20年) = 1,570 万円 |
退職所得(退職金) | (退職金4,000万円 - 退職所得控除額2,410万円)*1/2 = 795万円 | (退職金4,000万円 - 退職所得控除額1,570万円)*1/2 = 1,215万円 |
重複期間は、一時金受取額を年あたりの退職所得控除で除することでいわば逆算する形で算出されることになります。
今回のケースでは、重複期間12年分の退職所得控除額が減少したことで、従来基準と改正後を比較すると退職所得が795万円から1,215万円に420万円増加することになります。
改正を受けた節税のポイント
①退職金や老齢一時金の受取時期の工夫
改正後は老齢一時金(iDeCo)の受け取りから10年間空ける必要があるため、60歳で受け取った場合、70歳で退職金を受け取ることで退職所得控除をフル活用できます。ただし、現実的には、定年が65歳と決められているケース等もあり、自由に退職時期を調整することは難しいケースも多いでしょう。
なお、iDeCoは60歳~75歳まで受取時期を自由に設定できますが、iDeCoを退職金より後に受け取る場合は、重複期間の調整を受けないためには退職金の受取からiDeCoの受領まで20年以上の間をあける必要があります。そのため、退職金を60歳以降に受け取る場合には、必ず重複期間の調整を受けてしまうことになります。
② 老齢一時金の受け取り方法の工夫
上記ケースではiDeCoの受け取り方法を一時金としましたが、iDeCoは一時金の他、年金受取、あるいは一時金と年金の併用方式で受け取ることができます。年金で受け取る部分については、公的年金と同様に雑所得となり、公的年金控除として、65歳未満は60万円、65歳以上は110万円の控除を受けることができます。
その他の年金や所得の状況を勘案して、iDeCoの受取を一部年金とすることで、トータルの税額が安くなる可能性があります。
節税の方針まとめ
参考として節税の方針のまとめ図を以下に掲載します。

節税を第一に考えるのであれば、一時金部分の受取時期を「重複期間の調整を回避できるか」という観点から検討したうえで、回避できない場合は、退職所得控除額,年金の基礎控除額と実際の受取額を見ながら、年金と一時金の配分を検討することが良いでしょう。
もちろん、退職金は老後の生活の原資となるお金のため、節税だけではなく、ライフプランを考慮し、受取時期や受取方法を決定することが重要です。
おわりに
今回は退職所得課税の改正のポイントについて解説しました。
退職所得課税は退職時点の課税ルールが適用されるため、課税ルールの動向を追いながら、ライフプランに適切に織り込むことが重要となります。
今回の税務記事に関する疑問点がございましたらアドス共同会計事務所/アドス税理士法人までぜひ、ご相談ください。